いきなり、難しいタイトルで…(笑)
昨日、勉強したキャリア・カウンセリング入門講座を振り返っております。
講師の先生の体験談。
先日行われた面接力アップセミナーに参加した男子学生の話。
『鹿児島には、自分の力を引き出してくれるような面接を行っている企業は無いと、職安の人が言ってました。だから、面接力アップセミナーなんて意味が無いと思うんです。』
何度か、手を挙げて持論を展開する若者。
講座を受けに来ていた他の学生も、段々、『もう、いいよ。黙ってて。』という雰囲気になってしまったそうです。
さて、こんなとき、あなたが講師なら、どう対応しますか?と、尋ねられました。
うーーーん(笑)
まだまだ未熟なアタクシですのでね、反応してしまいますです、必ず(笑)
でもですよ、反応してしまう自分に気づけてるところが、学んだ成果でありますね!←自画自賛。
自分が講師なら、丁寧に退室をお願いしてしまうかも。
結局、その彼は、最後まで受講して、ワークもこなし、足を組んでのけぞって座っていた姿勢も、終わりの頃には、学ぶ姿勢になっていたとか。
きっと、本人なりに、なにかを感じたのだろう、と理解できたとき、私の中でも、ふたつのことに気がついたわけです。
ひとつは、学ぶチャンスはいくらでもあるけれど、自分がそのチャンスを活かそうと思える準備ができているか、できていないを確認するために、その場面をいくつも体験しようとする無意識に導かれて、参加しているのかもしれないなぁ、ということ。
と、考えれば、本人が表に現す感情とは別に、気づこうとする力、学ぼうとする力は、誰にでもあるということ。
ふたつめは、参加している人を信頼して、尊重できる自分で在りたいということ。
ときどき、会議で大声を出して、高圧的な発言をしている人や、書類をバンッ!!と机に叩き付けて、その場を出て行ってしまう人がいると、その行為に反応してしまう自分がいるけれど、その人にとっては、必要なプロセスなのかもしれないね。とは言いつつも、まだまだ、反応しまくりそうだけどね。